浜松という異次元な世界の探求

浜松市に住んで初めてわかった他とは異なる文化、面白い事などなど・・・。浜松ゆるゆるLife♬

YAMAHAの『INOVATION ROAD』に行ってきました。YAMAHAの楽器作りへのこだわり、匠の技に感動 !

 

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ヤマハ株式会社 新たなイノベーションを創出する拠点『イノベーションセンター』

 


皆さんご存知でした?

浜松市には世界で有名な楽器メーカー、ヤマハ株式会社、株式会社河合楽器製作所、ローランドディー.ジー.株式会社の3社の本社、世界で有名な楽器メーカーの3社の本社があるんです!!

そうです!浜松は楽器の街としても有名なのです♬

 

浜松に本社のある世界で有名な楽器メーカーの中で、ヤマハ株式会社の本社の研究・開発拠点『イノベーションセンター』の1階に、2018年7月製品開発の歴史を展示している『イノベーションロード』がオープンしました。

予約すれば1人でも見学ができるとのことでしたので、行ってみました。

 

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YAMAHA本社敷地内の横断歩道はピアノの鍵盤になってます♬(イノベーションセンター前)

 

 

イノベーションロードとは

ヤマハ株式会社の1887年創業から現在に至るまでの挑戦の歴史の足跡とこれからの未来への歩みの『道のり』が見られます。

ヤマハ株式会社の世界観、魅力を発信する拠点として、「見て」、「聴いて」、「触れて」体感して『ヤマハのDNA』を感じられる施設となっています。

 

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イノベーションロード入口

 

1.コンセプトステージ

新たな楽器や、音、音楽を愉しむ新しいカタチなど、ヤマハならではのコンセプト「究める」、「挑む」、「広める」を提案しています。

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 Key Between People

新しい演奏会のカタチをデザインしたプロトタイプ。鍵盤を触ると同期して天板には虹,、水の波紋、星座や紅葉など映像が変わり楽しめます。とても綺麗。

 

2.プロローグ

創業以来、熱い想いを抱いてイノベーションを生み出してきたヤマハ、世界の人々とともに感動を創るため、未来に向け挑戦をつづけるヤマハを紹介しています。

 

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 画像:YAMAHA HPより

 

3.ものづくりウォーク

楽器の分解構造を示しながら、ヤマハのものづくりへのこだわりが展示されていました。匠の世界、伝統の技と機械化の融合、ものづくりで培った技量が暮らしに拡がる様子などを紹介しています。

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感動をかたちに

グランドピアノ、バイオリン、ギター、トランペットなどの製造工程、もっといい音に、もっと美しく、より多くの人の心を振るわせるためのヤマハのものづくりのこだわりが見られるようになっています。

 

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グランドピアノができるまでが説明されていました。木工、塗装、音作りなどヤマハの匠の技が活きています。

 

PIANO 木工

響板・響棒

響板は弦の振動を豊かな音の響きに変えるピアノの心臓部。その裏に響棒が貼られています。

音を響かせる響板の材料は厳選されたスプルース(マツ科の木)やエゾ松。ピアノが使われる場所の気候に合った乾燥度合いに長時間をかけ天然乾燥、人工乾燥します。

響棒の形と配置で音の響き方を調整、響棒を木目の方向と直角に配置、四方八方に音波を均等に伝達させます。響棒の間隔や形状も音の響き方に影響、ヤマハでは曲線を美しく描いた特製のカマボコ型です

 

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 響板・響棒

 

響板と駒

駒は振動する弦の支持点をなめらかに結んだ曲線形状になっています。弦の振動を響板全体により効率よく伝えるため、木目を切らさず活かして木目が揃った薄い板を練合わせた積層構造で音を効率的に伝えます。

  

f:id:Yurururu:20191014121726j:plain 左:響板と駒 右:駒

 

支柱と側板

支柱は木材の接合部に凹凸をつけて組合せるだけで高い位置精度で組み付けられる優れた匠の技巧『日本の伝統技法アリ組』。 

また側板は、構造の強さと音の響きのベストバランスを生み出すために、複数の異なる樹木の木材板を秘伝のブレンドで組合せて成形しています。

 

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 左:支柱と側板  右:支柱のアリ組と側板の複数の木板の秘伝ブレンド

 

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フレームと弦

 

鍵盤

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 ①筬 ②鍵盤 ③アクション

 

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左上から ①筬 ②鍵盤材、②白鍵・黒鍵

右上から ①筬+②鍵盤、③アクション、ハンマー

 

PIANO 塗装

ヤマハのピアノブラックって以前に聞いたことがあります。

下の画像で「3つの違いがわかりますか?」とありました。

ヤマハでは、「黒色度」、「滑らかさ」、「光沢度」の3つの厳しい基準があります。下の画像の右端の3つの基準が揃って「黒」ではなく「漆黒」の美しさのヤマハ基準のピアノブラックになります。鏡のような輝きは、ミクロの凹凸も許さない、面の滑らかさからうまれます。

 

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そのため、木の下地(サンドペーパー掛けを行い、平滑性を高め異物を取り除きます)⇒下塗り(10ミクロン(1/100ミリ)の薄さで塗ります)⇒上塗り(不飽和ポリエステル(化学樹脂)で黒く塗る)⇒研削(表面の凹凸をサンドペーパーで削る)⇒パフ研磨(パフという布で表面が鏡のように輝くまで磨きます)の工程で行います。

 

PIANO 組立と音作り

組立と音作りは人と機械の両方で行います。

まさしく人と機械、「匠」の協演です。

機械の精度・速度がいきる工程を[機械]、人の細やかな感覚がいきる工程を[人]で13の工程を分けてみました。★はヤマハのこだわりです。

1.[人] 弦を1本ずつ手作業で張る

2.[機械] 最初の調律

3.[人] 鍵盤とアクションを載せる

4.[機械] レーザーで鍵盤の高さを測定

5.[人] 薄い紙で鍵盤の深さを調整

 (0.04㎜から1.00㎜までの薄い紙で調整)

6.[人] 鍵盤とアクションの動きを整える

7.[人] ダンパーの取り付け

      ★外からみえないアクション部品でも見た目まで美しく整えます

8.[機械] 自動打弦機で鍵盤やアクションをなじませる

9.[人] 脚とペダルの取付け

10.[機械]・[人] 屋根の取り付け

11.[人] 音の高さを正しく合わせる仕上げの調律

      ★出荷された後も狂いが生じないよう230本の弦の調律を出荷までに何度も繰り返し行います

12.[人] アクションの動きを完璧にする仕上げの整調

      ★鍵盤とアクションの動きを整えて演奏者のタッチに正確に応えられるように調整項目は1000以上!

13.[人] 音色や響きのバランスを整える仕上げの整音

     ★音にこだわりを持った作業者が匠の技で“ヤマハの音”を味付けします

PIANOの製造工程だけでも木工、塗装、音作りの工程毎に多くのこだわりを感じました。 

4.楽器展示エリア

総合楽器メーカーならではの圧倒的なラインナップで多彩な楽器を一堂に展示。歴代の名器から現行製品まで、見て、触れて楽しめます。

 

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こちらの楽器は実際に演奏できるので、歴代の名器に触れられるチャンスです。楽器好きにはたまりません。来場者は色々試していました。

 

5.ライフシーン

インドア、ガレージ、アウトドア、そしてリゾート施設「葛城北の丸」など、さまざまなライフスタイルシーンを彩るヤマハの「世界観」を感じられます。

 

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6.デジタルライブラリー

タッチパネル式のディスプレイに映し出された歴代製品などの膨大なデータから、直感的に気になるアイテムを選んだり、探したりすることができます。

 

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 画像:YAMAHA HPより

 

7.スーパーサラウンドシアター

ヤマハが世界に誇る立体音響技術ViReal(バイアル)による108.6チャンネルシアターです。220°のワイドスクリーン映像を見ながら圧倒的な音の臨場感を体感できます。

迫力でした!

 

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 画像:YAMAHA HPより

 

8.イノベーションロードマップ 

ヤマハが歩んできた挑戦やイノベーションの歴史を、技術や素材のつながりの視点から、ロードマップとして絵巻物風に紹介しています。 ヤマハのさまざまな取り組みが見られました。

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9.ヒストリーウォーク

創業当時のオルガン、ピアノから現在に至るまでの歴代の200点を超える製品を展示。ヤマハのイノベーションの歩みを見る事ができます。

 

f:id:Yurururu:20191013150635j:plain1887年➣1960s / 創業期から成長期へ(画像:YAMAHA HPより)

オルガンからスタートし、ピアノ、オーディオ、オートバイ、スポーツ用品、リゾート事業、リビング用品、管楽器を手掛けます。オルガン教室を開講、海外へも進出。

左端上のレリーフは創業者山葉寅楠と河合喜三郎が完成したオルガンの評価をしてもらうために東京へ。その道中の箱根山はオルガンを天秤棒で担いで越えたと伝えられている、その様子。

 

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 オルガン第一号型(1887年頃)

ヤマハの創業間もないころに製造された最初期のオルガン。正面に鶴、周囲に雲のような幾何学模様が金泥で描かれています。

 

 

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グランドピアノA1号型(1903年)

初期型グランドピアノ。1903年に第5回内国勧業博覧会で最高褒章受章。2009年に近代化産業遺産に認定(下写真)。

 

 

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 近代化産業遺産認定証/平成20年度経済産業省

 

 

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1970s➣1990s / 拡大期から転換期へ

半導体の生産開始、ヤマハピアノテクニカルアカデミー設立、社名をヤマハ㈱に変更、英語教室を始める。

 

 

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2000年➣ / 転換期・改革期

 

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テニスラケット他スポーツ用品も

 

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コンサートグランドピアノ(1994年)

20世紀最大のピアニスト、リヒテルはヤマハピアノを愛用してました。展示されているこのピアノは1994年最後の来日公演の際に使用した貴重なピアノ。

 

10.イノベーション・ラボ

開発現場の熱い想い、技術革新への挑戦を伝える製品開発ストーリーや、未来を見据えたさまざまなヤマハの取り組みを紹介していますが、当日は特別展「創業者・山葉寅楠」を開催していました。

このコーナーは写真NGでした。特別展を見てとても興味をもったので少し調べてみました。詳細は「13.ヤマハ株式会社に至るまで」をご覧ください。

 

11.音楽展示エリア

音や音楽を創りだし、届けるまでのさまざまな音響機器を展示。ヤマハならではの「音」に関する多様性と総合力を「見て、聴いて、体験」できます。

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  画像:YAMAHA HPより

 

12.  バーチャルステージ

バーチャル映像と連動した楽器の自動演奏で、コンサート会場の様なライブ演奏を楽しめます。

 

f:id:Yurururu:20191013173531j:plain画像:YAMAHA HPより

 

イノベーションロード見学は予約制です。

INOVATION ROAD見学予約、詳細はこちらから

ヤマハイノベーションロード

【完全予約制 見学無料】

〒430-8650 静岡県浜松市中区中沢町10番1号

ヤマハ株式会社本社事務所21号館内

TEL:053-460-2010

開館時間:9:30~17:00(受付は16:00まで)

休館日:日・月・祝(年末年始、夏季、GWは会社が定めた日、メンテナンス実施日)

駐車場:完備(乗用車28台、大型バス3台)

 

13.  ヤマハ株式会社に至るまで

創業者山葉寅楠とは

1851年紀州徳川藩士で天文係をしていた山葉孝之助氏の三男として生まれました。幼い頃より手先が器用で剣道も上手く、16歳で二天一流(宮本武蔵が晩年に完成させた兵法)の武者修行に出るほど。

また、土地測量や土木工事設計等を行う父の影響か、明治維新で徳川幕府がなくなり家が没落していた中、1871年(20歳の時)に長崎で時計の製造技術や修繕法を学びます。その後大阪の医療器具店に修理工として勤めていました。

 

国産第1号オルガン誕生

1884年頃から医療器械の修理で浜松病院に行くようになり、1887年に浜松尋常小学校(旧:浜松市立元城小学校/現在はなくなり浜松城二の丸発掘調査が行われている)から輸入品であるオルガンの修理を依頼されました。初めて見たオルガンの点検をすると、内部のバネが2本壊れていたことに気づきますが、これならオルガンを作れるかもと思ったそうです。

 

当時の価格(当時45円、現在なら4500万円くらい。)よりも安く作れる自信をもちます。

そこで校長にオルガンを分解し構造を知りたいと懇願し了承を得ます。分解し詳細に図面に書き写すのに1ヶ月ほどかかり、その後修理をしました。

 

近い将来オルガンは全国の小学校に設置される。これを国産化すれば国益にもなるに違いないという思いから資金援助を募ります。そんな時、飾(貴金属加工)職人河合喜三郎と出会います。

 

河合喜三郎の協力で喜三郎の仕事場を借り、伝授してくれる師もなく、資金に乏しい中、自分で書いた図面をもとに、2人で部品作りからはじめます。ほとんど毎日徹夜で作業し、オルガンの試作を僅か2ヶ月ほどで製作。

 

試作品の評価をしてもらうべく東京の音楽取調所(現:東京芸術大学)の所長伊澤修二の所へ。

試作品のオルガンを東京まで約250km位の道のりを運びました。自動車のない時代です。道中の箱根の険しい山道は2人で天秤棒で担ぎ越えました。そんなに重い物を歩いて運んだなんてどれだけの日数がかかったのでしょう。想像を絶します。

 

結果試作第1号は調律面で大きな問題があり、音が全然なっていないという評価でした。寅楠たちは音楽の知識がまったくなかったため当然です。そこで伊澤に頼み込み、寅楠のみ音楽取調所の特別聴講生として音楽理論と調律法を学びました。

 

その後寅楠は浜松に戻り喜三郎とともに2台目の試作品作りにとりかかりますが、資金が底をつき親戚の反対の中、家族の応援と、「日本中の子供たちに音楽を届ける為に頑張ろう」という思いであきらめず努力を重ね、2ヶ月をかけて試作品を製作。できた試作品2号のオルガンをまた天秤棒で担ぎ喜三郎と2人で箱根の山を越えて伊澤の所へ行き認めてもらいました。

国産第1号オルガン誕生です!

 

また、2人で東京まで運んだのですよね。凄すぎます。

あまりの嬉しさにこの国産第1号オルガンは音楽取調所に寄贈されたそうです。

 

山葉風琴製造所設立から日本楽器製造へ

すぐに舶来品に見劣りしない性能のオルガンを作り上げ、1889年にオルガン製造を行う『山葉風琴製造所』を設立。当時はオルガンの事を風琴(ふうきん)と呼んでいました。それはオルガンが足のペダルで風を送って音を鳴らす仕組みになっているからです。

 

その後製造所の解散、再設立を経て1897年に『日本楽器製造(現在のヤマハ)』を設立しました。

1899年には文部省の使節としてアメリカを視察。5ヶ月間かけて100箇所ものビアノ工場などを視察し、ピアノ作りの技術、知識、設備を学び、加工機械を手に入れ帰国。1900年からはピアノ製造も開始し、国産第1号ピアノを完成。

今日の楽器メーカーとしてのヤマハの基礎を築きました。

 

以前、日本テレビの『秘密のケンミンSHOW』でYAMAHAの事を浜松では『やまはさん』と呼んでいると言っていました。それは敬意と親しみを込めたものだったのでしょうか。

 

河合小市(河合楽器製作所創業者)について

河合楽器製作所の創業者で天才的な技術者であった河合小市は、ヤマハの前身である日本楽器製造に約30年勤務した後に河合楽器製作所を創業。山葉寅楠とは固い師弟関係で結ばれていたとのこと。

寅楠は河合小市にピアノ製造において難易度が高いアクション(鍵盤を押すとハンマーが弦を打つ仕組み)の開発を託し成功させます。河合小市はその他に黒鍵を大量生産する工作機械、卓上ピアノを考案、自動ピアノを先駆けて着手した人でした。

 

ヤマハ株式会社へ

山葉寅楠氏が設立した『日本楽器製造株式会社』は、創業100周年を機に、1987年に「ヤマハ株式会社」に社名変更されました。また、世界中で使われるヤマハブランドの商標「YAMAHA」は、洋楽器製造の先駆者である創業者の姓に由来します。

 

彼のビジネスとしての可能性を追求するベンチャー精神、時代を見抜く先見性、困難を克服する粘り強さ、目的を実現する熱意と強い意志。これこそがヤマハブランドの基盤です。 

 

現在、ヤマハグループは、100年超の長い歴史を有し、初心者からプロ用、アコースティックからデジタルまで、多彩なラインアップの楽器を生産し、全世界で販売。楽器の生産・販売で培った技術やノウハウを活かし、音響機器や音楽ソフト、半導体、ゴルフ用品、FA機器などにも事業領域を広げています。

 (参考:YAMAHA HP他)

 

おわりに

世界のYAMAHAの本社が浜松にあったお陰で『イノベーションロード』に行く機会ができました。楽器作りにおける職人技、こだわりを感じました。

YAMAHAは国産第1号のオルガンの製作、ピアノの製作をした会社だということ。国産第1号オルガン完成に至るまで、何もない状況からの試みだったこと。試作品のオルガンをたった2人で浜松から東京まで運びます。道中の箱根の山は天秤棒で運んだこと。国産第1号オルガン完成に至るまで山葉さんと河合さん、ご家族、社員さんの熱い想いがないと成し得なかった事を知り、感動しかありません。

 

山葉寅楠さんは数年で一大工場の経営者となりましたが、高ぶらず、一人ひとりの職工を愛し、病気をした者がいると毎日のように見舞い、治療費を加えて給料を渡すほどだったそうです。また、「品質に対しては、絶対に責任を負うこと。責任あるものを出せば自ら信用が集まってくる」と手を抜かず品質第一で取り組んでみえました。

情に熱く、恩を忘れぬ純情な人で河合喜三郎から受けた恩を決して忘れなかったそうです。 

 

私の幼い頃、女の子は皆ピアノかエレクトーンのどちらかを習っていました。こういう時代になったのは先人達のお陰なのだと思うと感謝です。

私もYAMAHAのピアノを持っていました。幼い頃の私はピアノの先生が怖くて、レッスンが嫌いでたまりませんでした。そしてピアノも嫌いになりました。お陰でピアノに対する思いもなく、数年前に処分してしまいました。もうちょっと早くYAMAHAの事を知っていたら、またピアノを始めていたかもしれなかったですね。